コンサルタントのオフ

アクセスカウンタ

zoom RSS ガーデニング写真集

<<   作成日時 : 2006/05/14 22:10   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

森博嗣についてPART3

森博嗣の小説で気に入ったフレーズ第3弾。

『笑わない数学者』【その1】

「起源は忘却され伝統の手法だけが取り残される。たとえ、神のトリックであっても」

「残念ながら、観察者と独立に存在するものは、定義できないゆえに、存在しない」

「微分方程式という融通の利く語彙は、一度に一所しか見えない人間の目が産んだものだ」

「一番、下品な格言って知ってる?」
「働かざるもの食うべからず、ですね?」
「そうだ。いやらしい、卑屈な言葉だよね・・・・・・。僕の一番嫌いな言葉だ。もともとは、もっと高尚な意味だったんだよ」
「え?どんな?」
「一日作さざれば、一日食わず」
「それ、同じじゃありませんか?」
「違うね。これも集合論だ。ド・モルガンの法則かな?」

「よいか・・・・・・、太陽からの光、つまり電磁波のおかげで我々はものを見ることができる。しかし、太陽のような日常の常識が、あるときは思考の邪魔になるのだ。常識のために見えないものがある。さきほどの問題もそうではないか。3を7で割ることは日常にはない。それがこの問題にみなが悩まされた理由だ。自由な思考をすることが最も大切なことだ。それが綺麗にものを見ると言うことなのだ。そして、自由な思考のためには、日常を滅却することが必要だ。それが重要なことだ。いつも、それを思い出しなさい。よいか・・・・・・、既にある定義に迷わされてはならない。定義は、自らして意味のあるものとなるのだ。内も外も、上も下も、すべてを、自ら定義することだ。定義できるものが、すなわち存在するものである。」

「数学が何の役に立つんですか?」
「鶯の美しい声に、何の意味があろう?森へ行ってきいてみるがよい。何のためにおまえたちは鳴くのかと。何の役に立つのか、とな。すべての美は、それを尋ねる者には、役に立たぬものだ。では、哲学者は何の役に立った?存在の複雑さをベクトルのようなものに置き換えて何になる?心理学者は何の役に立ったかな?解放と処方を入れ替えて、絶叫と抑制の多角形の頂点を一つ移動したに過ぎないではないか。物理学者は、世界中の金を集め、統合というただ一つのマジックさえまだ完成させていない。宗教家、それに政治家はどうだ?戦争が終わらないように敗者を援助する。いやそう言って握手だけの約束をする。誰が何の役に立った?一人でもよい、役に立った者を思い浮かべてみたまえ。よいか・・・・・・、少なくとも数学者だけは、自分たちが役に立つなどとは決して言わなかった。何故なら、それが我々の唯一の真理であり、名誉なのだ。」

画像


これは、ブルーベリーの花です。もう何年も前に購入した苗を木製プランターに植えています。プランターは既に腐ってしまいましたが、ブルーベリーは生きています。
なかなかかわいらしい花でしょう?

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
ガーデニング写真集 コンサルタントのオフ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる